家重の女性説
画像:壇上寺「徳川家重の墓(GNUFreeDocumentationLicense-GFDL )
東京大空襲で徳川家の菩提寺である壇上寺が損壊し、戦後、墓の改装や廟堂を復元する際に遺骨の調査も行われました。現代のように科学技術が進歩していなかったためDNA鑑定などは用いられていませんが、そのときに家重の遺骨も調査しています。
「それなら再調査すれば?」と言いたいところですが、残念ながら戦後の調査後に遺骨は火葬されて弔われたんです。土葬の遺骨でなければ調査ができないので、再調査は不可能となりました。
とはいえ、戦後の調査でも家重に関する発見がありました。そして、その調査結果が「女性説」を後押しする要因になったようです。では、どんなことが分かったというと・・・
- 頭蓋骨が女性の骨格に近かった
- 女性のような骨盤だった
- 歴代の将軍は胡坐(あぐら)で埋葬されていたのに家重だけ正座(女性の埋葬)で葬られていた。
これらの調査結果に、死因や家重の特徴を照らし合わせると・・・
- 死因の尿毒症(尿路感染症)は女性に多い病気だった
- 移動中、歴代の将軍は簡易トイレで済ませていたのに家重はトイレを設置させていた
- 幼い頃から言語障害を患っていたというのは、はっきり声を聞かれてしまうと女性だとバレるから
こうした要因から「家重は女性だったのでは?」と囁かれるようになったわけです。
証拠はないので謎のまま
画像:左・長谷寺所蔵、右・徳川記念財団所蔵
また、家重の女性説にまつわる逸話として、父・吉宗が意図的に"仕立て上げた"という説もあります。
幼少期の言語障害や顔面麻痺などを懸念した吉宗が、「いくら徳川家の娘でも将来的に結婚できないかもしれない」と心配し、男としてなら将軍家を継がせることもできるし、最悪でも武士として生きていけると考えたのではないかと。
ちなみに、長谷寺に所蔵されている家重の肖像画と徳川記念財団が所蔵している肖像画を比べると、確かに徳川記念財団の肖像画は「顔面麻痺」しているようにも見受けられます。
いずれにしても再調査ができない今となっては真相は分かりませんが、徳川将軍家に関する新たな文献や記録が見つかったときには家重の"女性説"を否定or肯定する史料も出てくると面白いですね。
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