注目の記事ピックアップ!

ラブラブ夫婦を探せ?戦国ベストカップル4選!

戦国時代の夫婦というものは、往々にして恋愛結婚ではなく政略結婚によって誕生していました。当時は血縁を重視する風潮が非常に強く、結婚というものは「他勢力や家臣との同盟関係を誓う」ための手段であったのです。

しかし、最初は政略的に結びつけられたとしても、時には仲睦まじくなっていく夫婦も全く存在しなかったわけではありません。そこで、この記事では「戦国ベストカップルを探せ!」と題して、甘々な夫婦伝説が残るカップルを紹介していきます。

愛の前に外見は不要?吉川元春・新庄局夫婦

毛利元就の次男にして、吉川家を盛り立てた吉川元春とその妻新庄局の夫婦は、残されている逸話も数多く「おしどり夫婦」として知られています。元春は生涯を通じて側室をもうけることなく、子宝にも恵まれ幸せな夫婦生活を送ったとされています。

また、彼らは単に仲の良い夫婦であったというだけでなく、元春が妻を見定めた際にも逸話が残されているのでご紹介します。この新庄局という女性、伝承によればとにかく「ブサイク」であったらしく、同時に器量も悪いと噂されるほどの女性でした。

しかし、元春はあえて彼女を妻とし、「あえて貰い手がなさそうな彼女を妻とすれば、父は私に頭が上がらないだろう」と言ったと伝わっています。

もっとも、この逸話は後年になって創作されたという見方が強く、彼女の姉妹には「ブサイク」エピソードが残されておらず、さらには生涯にわたって元春が愛を抱き続けたことから、個人的には普通に元春が惚れこんでいたような気がしますね。

顔に痕が残ったとしても…!明智光秀・煕子夫婦

■ラブラブ夫婦を探せ?戦国ベストカップル4選!

大河ドラマ『麒麟がくる』でも主役を務める明智光秀と、その妻煕子も夫婦仲が良好であったと伝わっています。光秀は煕子を妻に迎えることを決意していましたが、婚姻の前に彼女は天然痘を発症。美人な女性でありましたが顔に痕が残ってしまったそうです。

しかし、光秀は彼女の外見を意に介すことなく妻にしたと伝わり、以後生涯にわたって光秀を支え続けた良妻として振舞うことになります。中でも、光秀が美濃から越前に逃げ延びた際には、身ごもったままの煕子を彼が背負って逃走したという逸話や、諸国を放浪する光秀の生活を支えるべく、彼女が髪を売って生計を立てていたなど、その逸話には事欠きません。

さらに、後年になってこうした煕子の「良妻賢母」ぶりを耳にした松尾芭蕉が、彼ら夫婦に歌を捧げたと伝わっています。江戸時代においても、彼らの関係性はすでに有名になっていたということを意味している逸話です。

ページ:

1

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 信長公記の著者「太田牛一」は戦国史に欠かせない有能な武将である!

  2. 毛利家の知将「小早川隆景」の名言に学ぶトップリーダーの考え方

  3. 大阪夏の陣で散った戦国最後の武将「真田幸村」は「A型」の情熱家タイプ?

  4. 愛知・岐阜で「織田信長」ゆかりの史跡を訪ねる

  5. 稲富祐直は鉄砲の達人!【稲富流砲術】で戦国時代を駆け抜けた

  6. 戦国時代の兵士たちが戦場で食べていた保存食とは?

  7. 戊辰戦争から150年目の今年「会津藩」の生き様を振り返ってみる

  8. 【戦国時代の裏切りまとめ】戦国時代に汚名を残した5人の武将

  9. 【有力説】本能寺の変は本当に明智光秀の単独犯なのか?それとも黒幕がいるのか?

最近の記事

週間人気記事ランキング

全体人気記事ランキング

おすすめ記事

PAGE TOP