画像:上杉謙信公之像(春日山城)
上杉謙信といえば「川中島の戦い」で武田信玄と戦った武将として有名。11年間で5度の合戦を繰り広げたが勝敗が付くことなく信玄の病死というかたちで幕を閉じた。
全国各地の武将から恐れられていた信玄の死は、日本中に衝撃を与えただろう。それに続くように、謙信も病死で他界する。越後の龍と甲斐の虎、その死は後の天下人にも大きな影響を与えている。
事実、信長包囲網で信玄と謙信に追い詰められていた織田信長や徳川家康は、二人の死によって救われている。もし長生きしていたら、どちらかは死んでいただろう。
さて、今回は武将にまつわる血液型の話だが、謙信はAB型。謙信に関する出来事を確認しながら血液型と照らし合わせて、謙信の性格や人物像を見ていきたいと思う。
AB型の特徴は?
・物事を器用にこなすことのできる万能タイプ
・他人と打ち解けるまでに時間がかかる
・他人の意見に流されずに自然体で生きている
・主張することを嫌い、競争よりも平和を優先する
・争いごとが嫌いで、喧嘩なんてもってのほか
・冷静に物事を判断できる
・人から頼りにされると放っておけないから協力する
・一方の意見ではなく、総合的な視野を持って物事を理解する
・発想力が豊かで、他人の真似事を嫌う
・野心や願望が少なく、マイペースな人物
・他人にミステリアスな印象を与える
・他人に自分をさらけ出さない
・穏やかな性格の裏には暴力的な一面を隠し持っている
・好き嫌いがはっきりしている
・誰に対してもクールに接しているけど、仲の良い人には弱い自分を見せる
・思いやりがあるのでボランティア精神が高い
画像:「芳年武者旡類」 「弾正少弼上杉謙信入道輝虎」月岡芳年 絵(東京都立図書館)
一言で表すならAB型は「ミステリアス」で「マイペース」な「平和主義者」。他人からの評価よりも、自分がやりたいことを優先することで達成感を感じるタイプではないだろうか。
想像力や発想力が豊かなので、感性を活かすことのできる職業で力を発揮するそうだ。
謙信は、天下統一や縄張り争いに興味がなく、基本的には喧嘩を好まない平和主義者。しかし、正義感の強い彼は助けを求められると恐ろしいほど凶暴な武将へと変貌する。
若い頃にはお家騒動や家来の意思を統一するために武力で解決している一面もあるし、ある時には平和を好む穏やかな男、そして時には正義のために戦う武将、謙信は二つの顔を持っていた。
ちなみに上杉謙信という名前は、上杉家の養子になってからの名前。上杉政虎から上杉輝虎となり、最終的に上杉謙信と名乗っている。人生のほとんどは、「長尾景虎」で生きている。
謙信は長尾為景の跡を継いで22歳で越後(新潟県)の当主となる。現代でいえば、新潟県の知事のようなもの。24歳の時、武田信玄と始めて戦った。
決戦の舞台は川中島。きっかけは知人の「高梨氏」から助けを求められたことに始まる。
「景虎くん、私の友人の村上義清が武田信玄から攻撃を受けて城を追い出されてしまった。そこで君の助けを借りたいのだが、力を貸してくれませんか」と。
「その信玄は何のために村上義清を追い出したいのですか?」
「信玄は山梨の武将で隣国にあたる長野県を領地にしたいからだよ」
謙信は、これまでの流れを高梨氏から聞くと、二つ返事で協力に応じた。さすがAB型。「どうしても」と頼りにされると放ってはおけない性格。
謙信の目的はただ一つ。信玄に奪われた村上義清の葛尾城を取り返すことだった。
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