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とにかく毛利元就は「餅」が大好き!合戦で兵士に持たせた兵糧も「餅」だった?!

とにかく毛利元就は「餅」が大好き!合戦で兵士に持たせた兵糧も「餅」だった?!


画像:毛利元就(毛利博物館)

戦国時代、一代で中国地方8カ国を制覇した毛利元就。彼は"酒が嫌いな武将"として知られていますが、祖父・父親・兄が酒の飲みすぎで亡くなっており、酒に対して良い印象がない元就は家訓で禁酒を定めたほどなんです。

その代わり、元就は「お餅」が大好きで、三度の飯より「餅」が好きってくらい熱狂的な餅"愛食家"でした。合戦の際、毛利家では餅が兵糧の定番だったという記録も残っており、とにかく餅!餅!餅!の餅好き武将だったんですね。

そこで今回は、元就の"餅好き"エピソードを3つ紹介しますよ。中国制覇の源は餅だったのか?長生きの秘訣だったのか?って、それは言い過ぎですが、元就の武将生活において餅は乱世を生き抜く支えになっていたのかもしれません。

戦国時代は酒豪が多かった?

幸若舞の敦盛でも「人生五十年~」と詠われているように、戦国時代の武将の平均寿命は50歳前後。50歳を過ぎれば長生きと言われるくらい短命の時代でした。そりゃ、そうですよね。

命のやり取りや生き残りを懸けた毎日で気苦労は絶えないし、ストレスも半端なかったはず。そのせいでしょうか、酒好きな武将が多いんです。だから、当時の死因で目立っていたのが飲酒による高血圧症。

頻繁に酒を飲み、酒と一緒に食べる塩気の強いおつまみが高血圧の原因になり、さらに大酒をくらうから体にいいわけがない!とどめは、酒を一気飲みする習慣があったことですよ。

アルコールは長い期間飲み続けると、血圧を上げ、高血圧症の原因になると考えられています。多くの研究で、日々の飲酒量が多いほど血圧の平均値が上がって高血圧症になるリスクも高まることがはっきりしてきました。

では、1日にどれくらい飲んでいると、血圧に影響するのでしょうか。日々の摂取量が多くなればなるほど血圧が高くなっています。アルコール1日30ミリ・リットルあたり、血圧は3ミリほど上がることが認められています。

こうした飲酒による血圧の上昇は、人種やアルコール飲料の種類にかかわりなく認められていますから、あの酒だと影響が少ないといったことはありません。

アルコールで血圧が上がる理由については、血管の収縮反応が高まるほか、心臓の拍動を速める交感神経の活動、腎臓からマグネシウムやカルシウムが失われるため、などと考えられています。

アルコール飲料に含まれるカロリーにより体重が増えることや、塩辛いつまみをとることも関係するでしょう。
引用:国立研究開発法人国立循環器病研究センター

episode1 酒はNG、餅が長生きの秘訣?

そんな酒飲みが多かった戦国時代、元就は酒を飲まなかった武将として知られています。下戸だったと言われていますが、飲もうと思えば嗜む程度には飲めたようです。しかし、酒を嫌っていました。

武将が集まって酒が振舞われる席でも、元就は他の武将たちに酒を注いで回り自分では呑まなかったと言われるくらいですから、本当に酒を好まなかったようです(金谷俊則・著「毛利隆元」より)。

理由は、祖父・父親・兄、みんな飲酒が原因で亡くなっていたからです。「酒は家の存続に関わる厄介な問題」そう懸念した元就は家訓で「禁酒」を定め、自分の身の回りから酒を遠ざけました。

そのせいか、寿命が50年と言われた戦国時代において、元就は75歳まで長生きしています。代わりに「お餅」をこよなく愛し、家臣にも振舞ったり兵糧にも用いて餅を推奨していたんですね。

餅はスタミナやエネルギーの源になりやすく冷え性の改善にも役立ち、少量で適度な糖質とアミロペクチンを効率よく摂取できる食べものなんですよ。

アミロペクチンは消化吸収に優れ、エネルギー補給の性能が高いわけです。しかも餅そのものが胃の中で分解されるのに時間がかかり、「腹持ちがいい」ので食べ過ぎ防止で食の健康をキープできるとか。

ひょっとしたら元就の長生きの秘訣は、少なからず「餅」も関係していたのかもしれませんね。

episode2 兵士も餅でパワーアップ!


画像:屁合戦兵糧之図(坪内博士記念演劇博物館)

生涯で200回以上の合戦を勝ち抜いた元就。一代で中国地方8カ国を統治し、名実ともに中国の覇者となったわけですが、そのスタート地点となる合戦が陶晴賢(すえはるかた)と衝突した「厳島の戦い」でした。

晴賢の軍勢は3万、迎え撃つ毛利軍は4000ばかり。どう考えても無理がある戦ですが、結果、少ない軍勢で元就は晴賢に勝利。この戦いの際に、兵士たちに持たせた兵糧も餅だったと言われています(陰徳太平記より)。

餅は滋養強壮に優れ、少量でエネルギーに代わると先程お話ししましたが、炭水化物に含まれる糖質も戦場を駆け回る兵士たちには不可欠な栄養素。脳にとって唯一の栄養である糖質は戦闘本能を冴えさせる面でも活躍したのです。

少量で腹持ちがよくスタミナが切れるまで長いので、理想的な兵糧であったことは確かです。兵士たちは元就から餅を与えられ、餅袋・米袋・焼飯(炒米)の3つを腰に結びつけて出陣したと記録に残っています(陰徳太平記)。

消費期限も短く腹持ちもソコソコだった「おにぎり」に比べると餅は、1日目は生でもいけるし固くなったら焼いて食べればいい、保存性にも優れており地点を考えたうえで元就は兵糧にもちを推奨したと言います。

ちなみに、元就は71歳で9男の秀包を側室・乃美大方との間に授かっていますが、この精力の源も餅だったのかもしれませんね。かなりタフ。現役バリバリ感が伝わってきますよ~

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