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なぜ豊臣家は滅びたのか?戦国時代の終末期「豊臣政権の崩壊」と「関ケ原の戦い」 Vol.6

なぜ豊臣家は滅びたのか?戦国時代の終末期「豊臣政権の崩壊」と「関ケ原の戦い」 Vol.6


大阪城のスパイ(増田長盛)から情報を仕入れていた家康は、三成が挙兵して伏見城を攻撃したことを知ると、直ちに福島正則に指示を出して岐阜城への攻撃を開始しました。

この反撃に三成は焦ります。なぜなら、予期せぬ事態で完全に想定外だったからです。三成は家康が会津征伐に行っている間に岐阜や三重、滋賀を制圧して家康討伐の準備を進める予定でした。

しかし、家康が会津征伐を中断して愛知まで引き返していることを知ります。「なぜ・・・?」と慌てた三成は、大阪城にいる毛利輝元に大垣城へ来るようにお願いしましたが、輝元は出陣せず。

一方の家康は、三成が待機している大垣城へと進軍し、1600年10月20日には美濃赤坂(岐阜県大垣市赤坂町)に到着。三成は仕方なく計画を変更して家康と戦うことを決断します。

そして、両軍は大垣城から近い場所にある関ケ原町で衝突するのです。時を同じくして、山形でも東軍と西軍の戦いが始まります。“東北の関ケ原”として語り継がれる歴史的な合戦の幕開けです。

  最上義光の悲劇


画像:最上義光公之像(山形市大手町-最上義光歴史館)

家康は三成の動きを止めるために会津征伐を中断して岐阜に向かったわけですが、この出来事によって被害を受けることになった人物が山形の最上義光でした。

会津征伐が決まったとき、最上は家康から「気づかれぬように福島へ侵入して上杉家を攻撃しなさい」という指示を受けており、言われたとおりに準備を進めていました。

徳川のバックアップがあるなら上杉と戦うはめになっても勝てるはず・・・と、素直に従った最上。ところが、家康は岐阜に向かうために軍を引き返してしまいます。

孤立した最上は万が一の事態に備えて、自分の長男を人質として差し出すから「山形には攻めてこないでね」という条件を上杉に申し出ました。

一時は上杉も承諾しかけたのですが、最上が家康の指示で上杉家の領地を攻めようとしていたことを知り、この話は却下。それどころか、激怒した上杉景勝は山形への攻撃を決定してしまうのです。

  伊達政宗の決断


画像:直江兼続之像(米沢市-上杉博物館)

1600年10月14日、直江兼続が率いる上杉軍は米沢城を出発し、山形城に向けて進軍を開始。直江の兵力は2万5千人を超え、対する最上軍の総兵力は7千人ほど。

10月18日には最上軍の拠点である畑谷城を包囲し、わずか500人の兵を率いて対抗しようとする江口光清に降伏を促しましたが、これを拒否。

東西南北に入り乱れて戦い、決死の覚悟で立ち向かう最上軍に勇み足の上杉兵もいた。この状況に恐れを感じ、盾を捨てて逃げ出す上杉の兵もいた。

参考:国立国会図書館「最上義光物語」から注釈し、翻訳

そうした激しい抵抗をみせるも、圧倒的な兵力には敵わず畑谷城は1日で落城。江口は自害しましたが、上杉軍も1000人余りの死傷者を出し、いかに畑谷城の戦いが激戦だったかがわかります。

畑谷城を落とした直江は菅沢山(山形県山形市長谷堂)に陣を張り、長谷堂城を包囲します。長谷堂城は最上家の本拠地である山形城を守るための要所で、どちらにとっても重要な戦いでした。

自国の軍だけでは太刀打ちできない状況に置かれた最上義光は、10月21日に徳川家の家臣である伊達政宗に援軍を要請します。伊達家の領土は山形の隣(宮城県)ですから、最上家とはご近所さん。

最上の願いを聞いた政宗は、伊達家の幹部・片倉景綱の意見を押し通して援軍の派遣を決定。伊達治家記録によると、援軍の理由は次のように記されています。

母のために最上家を見捨てるわけにはいかない。そして、もう一つは家康のために道理を通す。

参考:伊達治家記録から注釈し、翻訳(仙台市-指定・登録文化財)

政宗の母・義姫(保春院)は最上義光の妹で、宮城から山形に移住し、山形城に住んでいました。家康の家臣という立場と、母がいる山形城を守るという目的で援軍を出したと言われています。

自発的にではなく「義姫から援軍を出すように急かされた」という説もありますが、いずれにしても最上家と伊達家には深いつながりがあったわけですね。

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