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戦国時代でスカウトしたい「井伊直政」

なぜか先陣をきりたがる直政

戦国時代でスカウトしたい「井伊直政」
画像:井伊直政「赤備え」の甲冑(甲冑工房・丸武産業)

戦となれば我先に先頭に立って突撃していた直政。そのため、毎回どこか怪我していたらしく、家康に「敵に突っ込んでいいかなくてもいいよ。大将なんだから後方で指揮をとれば?」と言われていたくらい血の気が多かったみたいです。

とにかく最初に突撃したい直政の性格は、もはや発作のようなもの。関ヶ原の戦いでは、こんなエピソードがあります。

関ヶ原の戦いが開戦する前、東軍(徳川軍)の先鋒は福島正則の部隊が務めると軍議で決まり、直政の役目は家康の四男である忠吉の護衛。忠吉にとって関ヶ原の戦いは初陣でした。

直政は忠吉を護衛しながら少数の兵を引き連れ、テクテクと正則の部隊の前へ。「直政くん、先鋒は君じゃないよ」と正則から注意されると、「わかっていますよ。忠吉殿に見学させようと思って」とやんわり反論。

目の前には西軍の先鋒である宇喜多秀家の部隊が陣を構えていました。正則がホッとしたのも束の間、いきなり直政は宇喜多の部隊に向かって鉄砲を放ったのです。

これに反応した秀家も反撃。そして、「コノヤロー!俺が成敗してくれるわ」と真っ先に突撃していく直政。呆気にとられる正則。軍議で決まったにも関わらず、直政は先陣をきって突撃したわけです。

合戦において先駆けは名誉なことであり、この事態に正則は大変ご立腹。軍議違反は処罰の対象でしたし、正則も抗議しました。すると直政は、「覚悟のうえでござる」と毅然たる態度。

しかし、処罰されませんでした。それどころか、近江彦根に18万石というトップクラスの所領を与えられていますね。

近年の研究では、忠吉の初陣だったので華々しくデビューさせるための行為という見解もあるようです。

いずれにしても、腕っぷしが強かったことは確か。そして、頭がキレる武将だったことも分かります。井伊の赤鬼は、イケメンで賢い男なのに傷だらけになりながらも先頭で戦いたがる猛将だったんです。

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