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幕末のキーポイント!「尊王攘夷」や「公武合体」って何?(前編)

徳川幕府の失墜


画像:明治初期画「井伊直弼」の油絵(豪徳寺)

開国や尊王攘夷派の反発など、何かと騒がしい国内で権威が衰えていく幕府。なんとか盛り返そうと、安藤は公武合体による徳川幕府の再建を図るわけですが、その方法が14代目の将軍・徳川家茂と孝明天皇の妹・和宮様を結婚させることでした。

まず、公武合体とは、朝廷(天皇)と幕府が力を合わせて政治を行い、幕藩体制の再強化を目指すという政策。つまり、家茂と和宮様を結婚させることで関係を強めようと考えたわけですね。

また、国内だけではなく、開国を求めてきたアメリカやヨーロッパに対するアピールでもあったとも考えられます。日本は天皇と幕府が一体となって強固な国、という威嚇的な意味もあったようです。

安藤は家茂を説得し、孝明天皇の承諾を得ると無事に和宮様との結婚が成立しました。これで安藤の思惑通りに公武合体が動き出すかと思いきや・・・

水戸浪士を中心とした尊王攘夷派は今まで以上に怒りを爆発させ、その結果、江戸城の坂下門外で安藤は水戸浪士の襲撃を受けて背中に傷を負いました(1862年2月13日「坂下門外の変」)。

命が助かったとはいえ、幕府の重職が江戸城の近隣で2度も(井伊直弼が桜田門外で、安藤信正が坂下門外で)襲撃を受けたことは世間に大きな影響を与え、幕府の信用の無さや権威の低さを露呈することとなったのです。

江戸城は徳川幕府の本拠地ですし、江戸城の入り口にあたる桜田門外や坂下門外で重職がいとも簡単に襲われたことで、幕府に対する世間の評価は一気に低迷してしまいました。

やがて、尊王攘夷派は「外国人の追放(攘夷)」から「幕府の排除(倒幕)」へと目的が変わり、長州藩や薩摩藩を中心とした“倒幕運動”が本格的になり、大政奉還や王政復古の大号令を経て戊辰戦争へと発展していくのです。

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幕末のキーポイント!「尊王攘夷」や「公武合体」って何?(後編)

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