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凡人じゃ思いつかない織田信長の人心掌握術。戦国武将は土地よりも「茶碗」を欲しがった?

マーケティングによる人心掌握

画像:南宋時代の珠光青磁茶碗(出光美術館)

信長は、商人や家臣など限られた参加者を集めて茶会を催し、自分が所有する200点にも及ぶ茶道具を見せつけている。自身の権勢を示し、茶の湯が武家の儀礼であることを促進したのだ。

1576年に安土城の建築で功績を挙げた丹羽長秀に「珠光茶碗」を与えたのが始まりと考えられている。

その光景を見た家臣たちは茶器に憧れを抱き、茶器を集めるために手柄を挙げたいと意気込む家臣もいたようで、茶会を開くことを信長から許可されることを大きな名誉として感じるようになった。

たとえば、こんな逸話がある。信長の有力な家臣であった滝川一益は1582年3月に武田家(勝頼)を滅ぼした褒美として、上野一国と信濃二郡を与えられる。

さらに、「関東管領」(関東の大名を統括する責任者)と、奥羽の美家や大名をまとめる役割も与えられた。しかし、このとき滝川は信長に茶器が欲しいと言うつもりだったが、言えなかった。
関東で働くことになった滝川は、「遠国にをかせられ候条、茶の湯の冥加つき候」(こんな遠方に来てしまっては、もう茶は楽しめない)と手紙に記して嘆いたそうだ。

領地や官職を与えられるより主君から与えられた茶器のほうが価値が高い、ということを物語っている。

新しい価値を導入するためには、ほかの人種や世界から価値を取り入れる必要がある。その異文化を文化として定着させ、その発端が自分であることでセルフプロデュースにもつながる。

また、ブランディングにおいて価値観を刷り込むことは重要な過程。キャッチーでインパクトがあり、なおかつ「自分に必要だ」「自分も欲しい」と欲求に訴えられなければブランディングは成功しない。

ターゲットの価値観を転換させようと思ったら、まず異なる価値体系から新しい価値をつかみ取ってくることが必要になり、そのうえで価値観を刷り込み、ニーズを生み出す必要があるのだ。
そして、信長が茶器で人心掌握できた背景には「心理欲求」のコントロールも理由の一つ。褒美として茶器をプレゼントし、茶器に憧れを抱く者たちは「欲しい」という欲求が生まれる。

つまり、現代で言うところの”宣伝効果”である。芸能人が使っている、それを使うことで悩みが解決した、という状況を知ることによって、「使ってみたい」「買ってみたい」という購買意欲につながる。

信長の心理欲求も、これと同じ。家臣たちは「功績を挙げる」というコストを支払い、「茶器」という価値を手に入れていたのである。私たちが「お金」というコストを払って「欲しいもの」を手に入れるのと同じなのだ。

コストを払ったとしても、より大きな価値のものを贈ることによって信長は家臣との関係性を深めていたのだ。
たとえば、ベルギーの高級チョコレート・ゴディバ(GODIVA)の次男、ピエール・ドラップスは1946年に「トリュフ」チョコをを生み出し、これを「バロタン」と呼ばれる金色のギフトボックスで発売した。

販売店は豪華なウィンドウ装飾を施し、プレミアムブランドとしての地位を確立したのである。今ではチョコレートをプレゼントするのは当たり前のことだが、チョコレートをギフト用に転換することに成功したのがゴディバがルーツである。

尾張の“大うつけ”ではなかった

画像:楊斎延一画「本能寺焼討之錦絵」(名古屋市立図書館)

信長は西洋や茶器、舞踊や宝飾品など、それまで無かった異文化を取り入れることで教養を身にまとい、さらに武力を備え、まずは自分自身の価値を高めるためにセルフプロデュースしている。

そして、そのセルフプロデュースを茶器のブランディングに利用し、家臣たちとの関係性を深め人心掌握する手段として茶器をマーケティングすることで織田家の屋台骨を増強していたと考えられる。

信長は、幼い頃に尾張の大うつけ(大バカ者)と呼ばれていたとされるが、単なる”うつけ者”ではなかったようだ。想像し、新しい価値を生み出すことのできた、ある意味”破壊者”なのかもしれない。

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