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嘘か真か、戦国時代の"おもしろ"珍雑学まとめ<part2>

もっとも参加人数が多かった合戦は?


画像:黒田屏風「大坂夏の陣図屏風」(大阪城天守閣)

大なり小なり数え切れないほどの合戦が全国各地で行われていた戦国時代。そのなかでも、もっとも参加人数が多かった合戦は何でしょうか。大規模な合戦であることは間違いないでしょうが、ランキングでチェックしてみたいと思います。

1位 大阪の陣 徳川勢20万 豊臣勢9万5千
2位 秀吉の小田原征伐 豊臣勢20万 後北条軍5万
3位 関ケ原の合戦 東軍9万(または8万) 西軍10万(または8万5千)

大坂の陣が堂々の1位で、総数およそ30万人。例えるなら、那覇市(沖縄)の人口くらい。想像を絶する兵隊が大阪城や城の周辺に集結したと思うとゾッとしますよね。

現代にも残っている日本刀が由来の言葉


画像:三日月宗近(東京国立博物館)

「一日(ついたち)」「幕の内弁当」「折り紙つき」「キャベツ」など江戸時代から残っている言葉もありますが、戦国時代に使われていた言葉のなかには現代人も使っている言葉があります。

代表的なものが日本刀が由来の言葉。

 

●地金が出る(「メッキが剥がれる」と言ったりする)

刀の砥ぎ続けると地金が見えてきて、醜い部分が出てしまうことから使われるようになった慣用句。

●切羽詰まる

刀の鍔(つば)の表裏にはめる部品を切羽といい、切羽は柄と刃を固定して動かないようにするので「身動きがとれない」または「物事が進まない」ときに使う例え言葉になったそうです。

●反りが合わない

相性が悪いという意味ですが、刀はそれぞれに個性があり、反りの角度も違うもの。だって、手作りですから。そのため、鞘(さや)も刀に合わせて作るんです。ほかの刀の鞘(さや)に入れようとしても反りが合わず入らないことに由来して生まれた慣用句ですね。

合戦で使われていた合言葉

画像:山県昌景の長柄隊(JAPANミニチュアフォーラム)

大勢が入り乱れる合戦では、「誰が味方で敵なのか」場合によっては見間違ってしまうこともあったようで、仲間を見分けるために合戦で使われていたのが「合言葉」

●関ヶ原の合戦で東軍が用いた合言葉・・・「山が山」と言えば「麾が麾(さいがさい)」と答える
●武田家は「谷」と聞けば「山」と答えたら仲間の合図
●浅井家は「南風が吹くぞ」で「攻撃」の合図、「北風が吹くぞ」は「撤退」の合図
●上杉家は手取川の合戦で「山」と聞いたら「麓」と答えた者が仲間
●厳島の合戦で毛利元就が決めた合言葉は「勝つ」と聞くと「勝つ」と答えれば仲間の合図
●大坂の陣で徳川の合言葉は「旗」、豊臣の合言葉は「山」だったとか

嘘か真か、戦国時代の珍雑学

さて、あなたはいくつ知っていました?

誰かに話したり教えたりするのは自由ですが、不確定な要素も多いので自己責任でお願いしますよ(笑)

とはいえ、まんざら"嘘"とも言い切れませんし・・・。歴史ネタの一つとして覚えておくと面白いかもしれませんね。

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