注目の記事ピックアップ!

薩長同盟から龍馬の人物像を探る!学校では教わらない「坂本龍馬」の説明書

 画像:近世名士写真-坂本龍馬之写(国立国会図書館)

「坂本龍馬について教えてください」と言われたら、あなたは説明できるだろうか。とても有名な人物だが、いざ説明するとなれば難しい。

龍馬という人間を知るうえで重要なことは、彼が「何をしたか」ではなく「どのように生きたのか」がカギになる。そのポイントとして、龍馬の行動や考え方に着目することが大切だ。

龍馬は非常に人間力が高いのだが、なぜ人間力が高いかというと、彼の行動や発言の一つ一つが周囲に大きな影響を与え、人を動かす力をもっているからだと思う。

どんな考え方をして、どんな行動をしていたのか、どのように生きたのか、そうした点を念頭に置いて今回は坂本龍馬の人物像に迫ってみよう。

龍馬が人気者になった理由

龍馬をテーマにしたマンガやドラマなどは多く、歴史人物の中でも人気の高い偉人となっている。だが、龍馬が国民的な偉人になったのは1963年を過ぎてからと言われている。

1963年に司馬遼太郎さんが「竜馬がゆく」を発刊すると、司馬さんが描いた龍馬の人物像が魅力的で“人気者”になった。つまり、それまで龍馬は無名に等しかったわけだ。

土佐で生まれ脱藩し、日本を変えたいという想いから薩長同盟や大政奉還を実現し、幕末に歴史を動かした重要な人物としてクローズアップされている。

亀山社中を起ち上げ貿易や商売をしながら新しい文化に興味を示し、その一方では徳川幕府の時代を終わらせるために政治活動を行っていたという点が興味深い。

一つの考え方に囚われず多方面で可能性を探求し、敵も味方も関係なく関わりをもって目標達成に近づいていく、当時としては斬新で奇抜な生き方をしていたと言える。

好奇心が旺盛で少年のような視野をもつ反面、利用できる者は上手く使うといった腹黒さも兼ね備えており、なかなかの“切れ者”だったことがわかる。

ページ:

1

2 3
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. なぜ豊臣家は滅びたのか?戦国時代の終末期「豊臣政権の崩壊」と「関ケ原の戦い」 Vol.6

  2. なぜ豊臣秀吉は怒ったのか?天下の茶人「千利休(せんのりきゅう)」が切腹した理由(前編)

  3. 日本最大の一族「藤原氏」のココがスゴイ!藤原氏の子孫は今も続いているのか?

  4. 幕末を生きた偉人たちは坂本龍馬をどのように評価していたのか?

  5. 徳川家康と江戸幕府。「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」の意味とは?

  6. 明智光秀と坂本龍馬の共通点は「悲劇の家紋」だった?(後編)

  7. 岡田准一主演の映画「関ケ原」が面白い。知っておくと3倍楽しめる5分でわかる関ケ原の戦い

  8. 明治維新に命を懸けた「西郷隆盛」最後の戦い「西南戦争」とは?【後編】

  9. 「絶対は絶対にない!」人生の教訓にしたい戦国武将の名言8つ

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近の記事

週間人気記事ランキング

  1. 登録されている記事はございません。

全体人気記事ランキング

おすすめ記事

PAGE TOP