注目の記事ピックアップ!

日本に初めて病院ができたのは?戦国時代?それとも明治?

大学病院の原型となる医学校の設立


画像:長崎市立・桜馬場中学校の裏にある「アルメイダ渡来の地」を示す石碑

病院を設立したアルメイダは布教にも力を入れ、貿易業で資金を確保しながら病院の運営や布教、育児院で貧しい幼児や乳児を世話していたわけで、とにかく働き者、そんでもって使命感が強い人物だったことは言うまでもありません。

資金繰りに苦しんでいた日本の教会へ私財を投じて惜しみなく寄付もしていますし、 1558年には医学教育も開始しています。病院の隣に医学校を設立し、医師の養成に力を注ぎました。現在の大学病院の原型と言っても大げさではないでしょうね。

その後、アルメイダは九州全域を周って医療活動を行うようになり、1566年頃には五島(長崎県の西部)の領主であった宇久純定の治療を依頼されるほど名が知れ渡っていたそうです。

1580年、アルメイダは一時的に日本を離れ中国に渡り、マカオの司祭に任命され、再び日本に戻って布教や医療活動に注力しますが、1583年10月に天草の河内浦(熊本県天草市)で58年の生涯に幕を閉じました。

病院設立や運営、育児院での幼児の世話や惜しみない教会への寄付、医療活動や布教に貿易業で築いた私財を投じ、日本に来てからは全て無償で奉仕を続けたわけです。

地域医療の第一人者と言えるくらい立派なお人。医療従事者ならアルメイダという名前を聞いたことがあるかもしれませんが、一般的な人には聞き覚えのない人物かもしれません。

自分の人生の半分を日本での医療活動に費やして地域医療に貢献したアルメイダ。日本人ではないけれど日本史に残る立派な偉人だと思いますが、皆さんはどう思いますか?

ページ:
1

2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 愛知・岐阜で「織田信長」ゆかりの史跡を訪ねる

  2. 【有力説】本能寺の変は本当に明智光秀の単独犯なのか?それとも黒幕がいるのか?

  3. なぜ豊臣家は滅びたのか?戦国時代の終末期「豊臣政権の崩壊」と「関ケ原の戦い」 Vol.1

  4. 関ケ原で火花を散らした4人の武将「その子孫たちは今?」石田三成の数奇な血脈を辿る

  5. DATE’Sキッチン!戦国一の料理人「伊達政宗」が愛したグルメとは?

  6. 真の傾奇者!己の道を傾奇通した「水野勝成」の波乱万丈な生涯

  7. 嘘か真か、戦国時代の"おもしろ"珍雑学まとめ<part2>

  8. 人たらしの天才・偉人豊臣秀吉の”褒め上手”に学ぶ「人を動かす」テクニック(前編)

  9. 武田神社と上杉神社を訪ね「武田信玄」と「上杉謙信」の面影を知る

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近の記事

週間人気記事ランキング

  1. 登録されている記事はございません。

全体人気記事ランキング

おすすめ記事

PAGE TOP